大麻に関わる人の多くは、1937年に米国で大麻が禁止された経緯について、同じ話を聞いたことがあるはずです。新聞社の経営者、化学メーカー、銀行家の一族が、自分たちの事業を守るためにこの植物を禁止させた、という話です。覚えやすい話なので、この歴史に興味を持つきっかけになることもよくあります。しかし、その大部分は当時の資料では裏付けられていません。
資料からわかる原因は、もっと地味なものです。メキシコ系アメリカ人と黒人に対する偏見、権限を広げたかった連邦の薬物取締機関、そして反対する医師たちの声を無視した連邦議会です。前編では、1937年の法律、それ以前の州法、医師たちの反対を取り上げます。後編では、陰謀説の主張を一つずつ検証します。
これは1937年の米国の法制史です。タイの法律ではなく、タイには適用されません。 タイでは、大麻の花穂(ช่อดอกกัญชา)は保健省告示「規制ハーブ(大麻)」仏暦2568年に基づく規制ハーブです。この告示は2025年6月26日から施行されています。花穂は、PT 33(ภ.ท.33)様式の処方箋がある場合にのみ販売できます。
1. 1937年の法律の内容と仕組み
1937年マリファナ課税法(Marihuana Tax Act of 1937) は、米国の薬物法の中でも比較的記録がよく残っている法律です。基本的な日付については、歴史家の見解が一致しています。
| 段階 | 出来事 |
|---|---|
| 法案提出 | 1937年4月14日、H.R. 6385。提出者はノースカロライナ州選出の民主党下院議員、ロバート・L・ドートン(Robert L. Doughton) |
| 公聴会 | 税法を扱う下院歳入委員会(House Ways and Means Committee)にて、1937年4月27日~30日および5月4日 |
| 修正法案 | 1937年5月11日、H.R. 6906 |
| 起草者 | 財務省の法務部門(Office of General Counsel)。責任者はハーマン・オリファント(Herman Oliphant) |
| 推進者 | ハリー・J・アンスリンガー(Harry J. Anslinger)。この法律を執行することになる連邦機関、連邦麻薬局(FBN)の長官 |
| 署名 | 1937年8月2日、フランクリン・D・ルーズベルト大統領 |
| 施行 | 1937年10月1日 |
| 違憲判断 | 米国連邦最高裁判所が Leary v. United States, 395 U.S. 6 (1969) で主要部分を違憲と判断 |
| 廃止 | 1970年の包括的薬物乱用防止・規制法(Comprehensive Drug Abuse Prevention and Control Act of 1970)による |
税金
大麻の取引に関わる人は全員、登録が義務付けられました。さらに、それぞれのグループが 年間職業税(この植物を扱う権利に対して毎年支払う料金)を納めました。
| 納税者 | 年間の税額 |
|---|---|
| 輸入業者、製造業者、調合業者(薬を調合する人) | 24ドル |
| 販売業者 | 3ドル |
| 生産者(栽培者) | 1ドル |
| 医師その他の医療従事者 | 1ドル |
また、販売や引き渡しのたびに 移転税(植物を移転するごとにかかる税)が課されました。
- 買い手が登録済みの場合は 1オンス(約28グラム)あたり1ドル
- 買い手が未登録の場合は 1オンスあたり100ドル
違反すると、最高2,000ドルの罰金と最長5年の禁錮刑が科される可能性がありました。
税法がなぜ禁止法として機能したのか
条文上、この法律は大麻を禁止していませんでした。定めていたのは課税と登録です。しかし実際には、法律を守ること自体が現実的でないか、守れば犯罪を自白することになる仕組みでした。
栽培者、販売業者、医師は全員、書類を提出して年間の税を納める必要がありました。登録制度の外にいる人は、1オンスあたり100ドルを支払うことになりました。上院財政委員会(Senate Finance Committee)はこの法案に関する報告書で、目的は税収を得ることと、喫煙者や薬物中毒者の間でこの薬物が広く使われるのを抑えることだと明言していました。
この仕組みこそが、約30年後に法律が違憲とされた理由です。合衆国憲法修正第5条は、自分に不利な証言を強制されない権利を保障しています。この法律に従うには、州法ですでに禁止されている植物を扱っていると書面で申告しなければなりませんでした。Leary 事件(1969年)で最高裁判所は、これが修正第5条の自己負罪拒否特権の侵害にあたると判断しました。
訳者注: タイの大麻規則も、単純な「許可」か「禁止」かだけでなく、許可証、書類、記録によって取引を管理しています。許可証を申請・更新する前に、規則が求める書類、記録、手数料をすべて書き出しましょう。そのリストを作れば、投資する前にコンプライアンスに実際どれだけの費用がかかるかがわかります。要約ではなく、規則の原文をもとに作業してください。タイの法令の原文がどこで手に入るかは、トピックタイの大麻法とコンプライアンス:行動や投稿の前に法令の原文を読みましょうで説明しています。
2. 先に作られた州法と市条例(1911~1937年)
連邦法の前には、25年にわたる州法と市条例の積み重ねがありました。規制を始めたのは連邦法ではありません。記録がよく残っている主な段階は次のとおりです。
- マサチューセッツ州、1911年: 大麻が、より広い範囲を対象とする法律に加えられました。その法律は、処方箋なしで複数の薬物を販売することを禁止していました。
- カリフォルニア州、メイン州、ワイオミング州、インディアナ州、1913年: カリフォルニア州での規制は、州の毒物法をひっそりと改正する形で行われました。推し進めたのは州薬事委員会(State Board of Pharmacy)です。歴史家のデール・ギーリンガー(Dale Gieringer)は、この改正の背景をメキシコからの移民ではなく、薬事法・麻薬法の改革だとしています。
- エルパソ(テキサス州)、1914年: 市条例で、よく「最初の地方レベルの禁止」と呼ばれます。施行は1915年だとする説明もあります。
- テキサス州、1919年: 一つの市だけでなく州全体に適用される法律です。一般的な麻薬法に「marihuana」が加えられました。
地域によって異なった理由
これらの法律が作られた理由は、地域によって違いました。米国南西部では、記録に残る理由の一つが、1910年のメキシコ革命後のメキシコからの移住でした。地元の新聞や一部の地方の法律は、大麻の喫煙を新たにやって来たこうした人々と結び付けていました。
ほかの州では、初期の法律は薬物法・毒物法の全般的な改革から生まれました。その後、新聞は大麻をニューオーリンズや黒人のジャズミュージシャンとも結び付けるようになりました。
FBNがこの問題に取り組み始めた1930年代には、こうした結び付けは各地ですっかり定着していました。歴史家のデイヴィッド・マスト(David Musto)は The American Disease(1973年)を著しました。リチャード・ボニー(Richard Bonnie)とチャールズ・ホワイトブレッド(Charles Whitebread)は The Marihuana Conviction(1974年)を著しました。どちらの本も、こうした人種との結び付けが連邦レベルのキャンペーンの中心にあったと見ています。
「marihuana」という言葉の由来
「marihuana」(「mariguana」とも綴ります)は、メキシコのスペイン語の単語です。アイザック・カンポス(Isaac Campos)は著書 Home Grown(2012年)でメキシコの初期の薬物法を研究し、この言葉が1930年代よりずっと前から英語の新聞に登場していたことを示しました。
この言葉がもともとどこから来たのかは、まだはっきりしていません。メキシコの先住民の言語であるナワトル語に由来するという説があります。クリス・デュヴァル(Chris Duvall)は The African Roots of Marijuana(2019年)で、アフリカ起源説を唱えています。彼は、キンブンドゥ語の mariamba という単語にその起源を求めています。よく知られた「María Juana」由来説は、一般に民間語源と考えられています。民間語源とは、もっともらしく聞こえるために人々が後から作り上げた説明で、裏付ける根拠がないものを指します。
記録からわかることは二つです。1930年代までに、この言葉はこの植物をメキシコからの移民と結び付ける形で使われていました。そして、この言葉は連邦法にも書き込まれました。ただし、当局が戦略として意図的にこの言葉を選んだことを示す記録はありません。
大麻はすでに国際的な規制下にあった
大麻は1937年より前から、国際的な規制の対象でした。ジュネーブで署名された1925年の国際アヘン条約(International Opium Convention)は、「インド大麻(Indian hemp)」を対象にしていました。これは、大麻から作られる薬物製剤を指す条約上の用語です。これを最も強く推し進めた国はエジプトでした。米国の立場はその後、国連の主要な薬物条約である1961年の麻薬に関する単一条約につながっていきました。
訳者注: 「marihuana」という言葉は、法案がどの植物についてのものなのかを見えにくくしました。タイの規則も、定義によって対象が変わることがあります。たとえば花穂、抽出物、ヘンプなどです。タイの規則を頼りにする前に、まず定義の条項を読みましょう。そうすれば、その規則がどの部位や製品を対象としているかがわかります。抽出物に関する規則を花穂に当てはめたり、その逆をしたりする間違いも防げます。
3. 通俗的な説明で省かれがちな医師たちの反対
ウィリアム・クレイトン・ウッドワード(William Creighton Woodward)医師は、米国の医師の全国組織である米国医師会(AMA)の立法顧問でした。議員に対して医師の立場を代弁するのが彼の仕事でした。1937年5月4日、彼は法案に反対する証言を行いました。
彼の主な主張は三つでした。
- 委員会に提出された証拠は、依存、暴力、過剰摂取に関する主張を裏付けていない。
- この法律は、大麻の医療目的使用を難しくする。
- この法律は、将来の研究も妨げる。
彼は法案の扱われ方にも不満を述べました。AMAが法案を知ったのは遅く、起草の段階で意見を求められていませんでした。また、法案は「marihuana」という言葉を使っていました。医師たちは、この言葉を薬局方(公式の医薬品の基準書)に載っている Cannabis の医薬品とすぐには結び付けられませんでした。
研究に関する彼の警告は現実になりました。その後数十年にわたり、米国の大麻研究は厳しく制限され続けました。議会は彼の反対を退けて法案を可決しました。公聴会の記録にはっきり残っているにもかかわらず、一般向けの説明ではこの点がよく省かれます。
訳者注: ウッドワードの主張が通らなかった理由の一つは、医師たちが法案を知るのが遅すぎて、準備ができなかったことです。タイでは、大麻管理法(Cannabis Control Act)の法案はまだ法律になっていません。内閣は2026年9月22日に法案を承認し、下院に送付しました。審議の進み具合は、公式発表で確認してください。ご自身の栽培記録とラボの検査結果を整理して保管しておきましょう。そうすれば、規則の案に意見を出すとき、実際に示せるデータで主張を裏付けられます。
後編の内容
後編では、ハースト・デュポン・メロン陰謀説の主張を一つずつ資料と照らし合わせます。1938年2月の Popular Mechanics の記事と、歴史家が実際の原因と考えているものを取り上げます。また、1942年に米国政府自身が実施した戦時中のヘンプ増産計画についても扱います。
前編の参考文献
- Taxation of Marihuana: Hearings before the Committee on Ways and Means, House of Representatives, 75th Congress, 1st Session, on H.R. 6385, 1937年4月27日~30日および5月4日(ウィリアム・C・ウッドワード医師とH・J・アンスリンガーの証言を含む)。
- US Senate, Committee on Finance, Report No. 900, 75th Congress (1937), H.R. 6906について: https://www.finance.senate.gov/imo/media/doc/75-900Rpt.pdf
- Leary v. United States, 395 U.S. 6 (1969).
- Richard J. Bonnie and Charles H. Whitebread II, The Marihuana Conviction: A History of Marihuana Prohibition in the United States (University Press of Virginia, 1974).
- David F. Musto, The American Disease: Origins of Narcotic Control (Yale University Press, 1973).
- Dale H. Gieringer, “The Forgotten Origins of Cannabis Prohibition in California”, Contemporary Drug Problems 26(2), 1999, pp. 237–288。改訂版: The Origins of California's 1913 Cannabis Law - CaNorml.org
- Isaac Campos, Home Grown: Marijuana and the Origins of Mexico’s War on Drugs (University of North Carolina Press, 2012).
- Chris S. Duvall, The African Roots of Marijuana (Duke University Press, 2019).
本記事は、米国の規制の歴史に関する教育目的の記事です。一般的な情報であり、法的助言ではありません。
後編はこちら:米国は1937年にどのように産業用ヘンプを禁止したのか:ハースト・デュポン・メロン陰謀説を資料で検証する(後編)